中村扇雀の公式ブログ

「歌舞伎のこと」記事一覧

「松山英樹選手マスターズチャンピオンおめでとう!!」

2021年4月 4日

都内の満開の桜もすっかり散り「まん延防止等重点措置」なるものが新たに宣言される中。
コロナ禍で気が滅入っている中。

全ての日本人ゴルファーの夢を松山英樹選手が現実にしてくれました。
ゴルファーだけでなく全ての日本人にとっても素晴らしいNEWSに違いありません。
私も18歳からゴルフを始め現在はプレーの回数は減りましたが、学生時代ゴルフ部に所属しゴルフというスポーツを生涯愛し続ける一人として、心から嬉しくおめでとう!!やったー!!と画面に向かい声を上げました。優勝決定後放送で解説の中島常幸さんが涙声になっていましたが、こちらも感動で早朝から涙ぐんでいました。

スポーツで死闘を繰り広げた後の勝利の感動は筋書きのないドラマとして最上級の感動を与えてくれます。素晴らしい。人生の目標を達成できた松山選手が後輩たちのゴルファーにとってゴルファーとしての、いや人としての目標になることは間違いなく、年長の私も心から敬意を抱きました。徹夜でTVに釘付けになり素晴らしい瞬間を共有できた事に感謝してます。

ゴルフやスポーツに縁のない方には伝わりにくいかもしれませんが、今日の優勝は歴史に名を残すことは間違いありません。
常人には理解できない程の物凄い量のトレレーニングと練習を積んだことでしょう。表彰式の後にチーム松山としてスタッフと写真に収まっていましたが、一人だけで勝ち取ったのではないという彼の雰囲気が素敵だった。同じ方向を向いている仲間がいることは人生の中での最高の財産だと思う。
それは彼の人柄もあるのだろう。素晴らしいことです。


私自身は、先月の千穐楽から日を空けず3日から4月大歌舞伎が歌舞伎座で幕を開けています。
ご存知とは思いますが、3月公演のオンデマンド放送並びに歌舞伎屋本舗のホームページで番付やブロマイド販売もネット上で公開されています。劇場にお越し頂けなかった皆様はこちらでご覧下さい。

歌舞伎オンデマンド

https://www.kabuki-bito.jp/news/6335/


4月歌舞伎座も引き続き客席は50%の使用率で大向うは禁止の措置は続いています。
コロナいつ迄続くのか楽屋でも役者同士の挨拶もできず、楽屋への入室は家族も禁止でお花も禁止がもう1年です。
楽屋口で検温、消毒そして楽屋の廊下もはこんな感じで仕切られています。

IMG_2583.jpegのサムネール画像

本当にコロナ感染に対しては神経を使っています。

感染者の数が毎日発表されますが、年代別より細かい地域を地図で示すことはできないのだろうかといつも思っています。確認された場所を知らせて貰えれば注意の仕方も変わってくる気がするのは間違いなのだろうか。
この辺は気をつけようとかなると思うのだけど、どうなのだろう。もっと重点的にピンポイントで狭い範囲で集中的に感染防止はできないのだろうか。風評被害とかでダメなのだろうか。早く収束させるにはただマスクや消毒、三密回避と言われても、街を歩いていても、地下鉄に乗っていても、お店に入ってもソーシャルディスタンスはほとんど無視されている。
やはりマスクを外しての飛沫感染が原因だからマスクをする習慣のある日本では爆発的に広がらないのだろうか。
感染した人が経路をわかっている人はこういう状況で感染したと具体的にもっと伝えたらそれを回避するようになるのではないか。飲食店を一律時短にするやり方は策がなさすぎる気がしてならない。

歌舞伎座も幕見席を現在使っていないのでその前にアクリルパーテーションを立てて、大向うの方にはPCR検査や抗原検査をしてもらって大向うだけでも再開できないか制作に希望を出しているのだが、良い返事が全く返ってこない。感染病の専門家から許可が出ないのだろうか。舞台で大声でマスクなしでセリフを言っているのに、、、満席にできない分せめて大向うだけでも復活できないのだろうか。客席と舞台の一体感には大向うは欠かせない。歌舞伎らしさを取り戻したい。

今月は久しぶりに同年代の芝翫さんと共演で初役の「絵本太功記」真柴久吉を努めている。
亡くなった先代辰之助のお兄さんの久吉がなぜか強く目に残っている。
お兄さんが久吉を務めた時父が操を務めていたのでよく見ていこともあるのだけれど、お兄さんのイメージが残っている。言い方がうまくないが久吉がそこに出てきた。
役の大きさが出なくてはいけない役だが、技術や考えてできるものではなく年輪とかが必要になってくるのだろう。還暦になったがなかなかその久吉としての大きさを出すことが難しい。

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写真:歌舞伎座

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「3.11」

2021年3月11日

3月歌舞伎座公演も客席稼働50%上限・大向う禁止・演奏者マスク着用などの条件で引き続き3部制での上演となっています。
そして迎えた3.11。今日は歌舞伎座は昨年から新設された休演日に当たり公演はお休みです。
東日本の震災の日を休みに当てたのは偶然か意図的かは分かりませんが、改めて犠牲者の方々へ追悼を国民の一人として捧げます。
TVでは当日の映像が繰り返し流され、自然災害の恐怖、原発の事故も改めて記憶を甦らします。被災した当事者でない私はその実体験をもとにしての言葉は発しられません。皆さんの感じた絶望と喪失感は当事者しか理解できないと思っています。頑張ってくださいなんて簡単に言えるレベルの話ではないのでしょう。
絶望の中から生きていくという強靭な精神力で復興に向けて歩み出されている皆さんに、生きる希望を感じていただくのが政治家の第一の仕事ではないでしょうか。
そして私たちは機会があれば日常の中での皆さんの心の癒しとなることが仕事です。
震災後に巡業で東北で公演をさせて頂きましたが、日常を忘れ少しでも心の癒しのお手伝いができたのでしょうか。計り知れませんが、何よりも真摯に舞台を務めること。それに尽きるのではないでしょうか。
再開される明日からの舞台、大袈裟なようですが、どんな役でも舞台で真摯に演じることが私の生きる価値だと再確認しました。

今月の舞台から
「猿若江戸の初櫓」奉行板倉勝重

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「「夕霧名残の正月」」

2021年1月16日

コロナによる緊急事態宣言を受け歌舞伎座3部の開演時間が繰り上げとなりましたが、収容人数を制限しながらの上演は許可され、昨年のような公演中止に追い込まれなかったことは演劇界にとっては朗報です。
中日も過ぎ舞台写真入りパンフレット販売も再開されましたので舞台写真を何点が掲載します。
前回の夕霧とは着付けの色と内側の色を双方とも変えて、掛けの丈を伸ばしました。
私の出演部分の演出はほぼ変えずに努めています。

今回の「夕霧名残の正月」は坂田藤十郎を偲ぶと題して上演させて頂いています。
父はこの演目で藤屋伊左衛門しか努めていないので、夕霧はもし父が努めたらどうな風だったかと想像しながら夕霧になっています。
先月の"吃又"のおとくも劇評にもう少し情が濃く出れば藤十郎の至芸に近付けると書かれましたが、父を意識しつつ自分なりの物が出来るかが今後の目標になっていくのでしょう。
しかし、成駒屋代々が持っている家の味のような物。二枚目を中心とした芸風といった物がベースになっていなくては自分の目指しているところには行けないのでしょう。それがどこなのか、なんなのかを探して行く還暦からの旅の始まりです。

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「久しぶりに舞台写真入りパンフレット販売」

2021年1月16日

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今月の舞台写真掲載のプログラムが17日から劇場で販売が始まります。
ご希望があれば私がお名前を書いてサインしたものをご郵送致します。

一部¥1,800(送料・消費税込み)

尚、いつも行っていた劇場受け渡しは今回、コロナの為できませんので、郵送のみの受付となりますのでご了承下さい。

ご希望の方はお名前ご住所を明記のうえ
下記のアドレスに部数を添えてお申し込み下さい。
入金方法を折り返しお知らせします。入金確認後に郵送させて頂きます。

suzumenokai@senjaku.com

締め切りは27日千穐楽正午(12時)とさせて頂きます。

コロナの影響で対面販売も出来ない状況が続いていましたがやっと舞台写真入りのパンフレットの販売が再開されましたので、劇場にいらっしやれない方にも是非舞台の雰囲気をお手元で楽しんで頂けたら幸いです。

皆様のご応募お待ちしています。

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「令和3年初春大歌舞伎初日」

2021年1月 2日

コロナ禍の中、新しい年の初日を迎えました。

今月は藤十郎を偲んでと題して「夕霧名残の正月」を例年の松竹座と違い歌舞伎座にて上演し"扇屋夕霧"を努めます。
昨年11月12日に没した父が、231年ぶりに復活襲名した坂田藤十郎の初代が当てた狂言を現代に甦らした演目です。
初演の資料はほとんどなく一から作り直した作品で舞踊劇としての色合いが濃いい作品です。「吉田屋」と違って夕霧が亡くなった後に伊左衛門が訪ねてくる設定になっていますので、前回の上演から夕霧の登場を夢の中の設定としてその部分を色濃く出しています。

昨年1月の松竹座で努めた時の写真です。
今回は衣装を着付けの裏側や掛けの寸法など前回と多少変えています。

先ほど緊急事態宣言を国に要求というニュースが流れましたが、無事に千穐楽まで努められることを願って歌舞伎座に向かいます。

ちなみにこの扇屋は大阪新町に実在し。曽祖父初代中村鴈治郎の実母妙はその扇屋の娘でした。私の家にも由縁の深い家なのです。

皆様のご来場を歌舞伎座にてお待ちしています。

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「古典芸能への招待「京の師走の華 顔見世歌舞伎」」

2020年12月26日

12月27日(日) 午後9:00~午後11:00(120分)

19日に千穐楽を迎えた今年の南座顔見世興行の出演演目が抜粋ではありますが明日放送されます。

『傾城反魂香』土佐将監閑居の場
女房おとく

又平を努めた兄鴈治郎との対談の映像もございますので是非ご覧下さい。

https://www.nhk.jp/p/kotenshoutai/ts/VV8Y68GWZ5/

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「「旅」」

2020年12月19日

本日12月19日例年より一足早い京都顔見世興行の千穐楽をコロナによる休演日もなく無事に迎えました。
年末に1月興行の稽古はありますが、お客様の前での仕事納めとなります。

今年はコロナの影響直撃で数えるほどしか舞台に立てず、務めた役の数も僅かでしたが、私自身は何とか健康を維持し努めることができました。

大向うもなく、客席も間引き、演出も変え、公演時間を短縮し、山台にのる演奏者は黒の布で顔を覆い、会話を抑制して頂き、食堂や物販の楽しみも減らして頂きもう数え切れない程の制約の中での上演にご来場頂いたことへ心から感謝申し上げます。

元の状態に戻るにはどれだけの時間が必要なのか全く予見できないことのもどかしさは、ストレスとなって溜まっていることは間違いありません。平常心を保つことの難しさは並大抵ではありませんが、社会全体がそうなっているので受け入れるしかありません。

そんな中でも今年もご来場くださった皆様に、改めて感謝申し上げます。

ありがとうございました。

先日、今年の漢字「密」が発表されました。
私なりに今年の漢字を考えたところ

「旅」

という言葉が浮かんできました。

11月12日10時42分

父が旅立ちました。
そして今年は旅が全くできませんでした。
歌舞伎興行も12月の南座で旅の公演が再開しました。
そして12月19日に還暦を迎え、父が亡くなった事と60歳を迎えた事で新たな旅がスタートした思いです。

旅をすることで見聞を広め多くの新しい出会いがあり一段一段成長し、人生といいう長い旅を自分で引いて行くレールの上をひた走っているのでしょう。

長い旅を終えた父から孫の虎之介が入れ替わるように顔見世に初出演し、まねきの看板がその変化を映し出していました。

まだ旅の途中ですが大きな駅に今立ち止まり次に乗り込む列車を決めている最中です。
その終着点で悔いのない旅を続けて行きたい。

父の死を迎え新たに力が湧く思いです。

今月の「吃又」のおとくは新たな旅の第一歩でしたが、前回お得を演じた後に又平を経験してからのおとくでしたので、又平の心の変化をより汲み取れるのではと思っていました。
けれども又平の創り方が違うとそうも言ってられません。夫婦愛を全面に出そうと思っていましたが、兄の又平の創り方ですとどうしても母性愛の強いおとくになっていたと思います。それも一つの作品としてのあり方です。
東京の歌舞伎座でも吃又が同時上演されていたので双方ご覧になった方はその違いを目の当たりにしたと思います。
またその役者によって変わるところが、また歌舞伎の持っている大きな魅力の一つなんでしょう。

本当に以前の日々に戻ることを願って還暦誕生日当日に、今年最後の千穐楽を迎えました。

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「令和2年南座顔見世興行開幕」

2020年12月 5日

コロナ禍の中、厳重な感染対策を実施して「當る丑歳 吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎」興行が初日を迎えました。

しかし今年のまねきには父の名前がありません。

令和2年11月12日午前10時42分
父、4代目坂田藤十郎が既報のとおり身罷りました。

コロナ禍の現在、歌舞伎座や国立劇場でも役者同士接触を極限まで避けての公演中ということもあり、家族そして松竹株式会社とも相談の上、家族と一門のみで密葬を11月14日に都内の妙円寺にて執り行い、荼毘に伏しました。いずれコロナが収まり落ち着きましたらお別れの会を催す予定ですので、改めてご報告させて頂きます。

これまでご贔屓くださった皆様にはこの場をお借りして厚く御礼を申し上げます。
また、ブログの問い合わせ欄やメールに多くの弔意を賜りましたことも重ねて御礼申し上げます。

昭和6年の大晦日に2代目中村鴈治郎の長男として生を受け、10歳で中村扇雀を名乗り初舞台を踏んでから昨年の京都南座顔見世の舞台まで永きにに渡り役者人生を歩み88歳の天寿を全うし安らかな最後でした。
父の眠る顔にそっと手を寄せると冷え切った温度が肌から伝わり初めて死の実感を心に感じ、何かがすーと引いていく気配がして、肩の力が抜け一つの歴史の終わりを目にしそして次の瞬間、込み上げる使命のようなものが湧いて来たのです。
力を落とすというより力が込み上げるといった方が正確だと思います。

誰しも親の死を迎える時は平等に来るものです。私にもその順番が回ってきました。
昨年の顔見世興行中に転倒をして頸椎圧迫骨折を押しながらの舞台出演が皆様の前での最後の姿となっしまいました。
親子というのは何か感じるのか漠然と南座の顔見世は最後かも知れないと脳裏をよぎりました。昨年の千穐楽の舞台上の姿を目に焼き付け運命を受け入れる準備をしていたのかも知れません。

美しい役々は数多ありますが最後の舞台も目に焼き付けていただきたく、本人は嫌がるかもしれませんが、あえて最後の舞台を掲載いたします。

令和元年12月南座顔見世「金閣寺」慶寿院   左は私の真柴久吉
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3代目中村翫雀から繋がる成駒屋の家系に生まれ、歌舞伎役者の道を嘱望され育ち、77年間という長い役者人生でした。その間映画の世界にも身を投じ扇雀ブームが巻き起こり文化芸術関係の賞や表彰を数多く受け華やかな生涯でした。
父の本名は林宏太郎(こうたろう)ですが、私の中では中村扇雀であり鴈治郎であり坂田藤十郎である感覚が強く強く残っているので、父の死というよりは一番身近の先輩役者の死と感じている自分が居ます。
子供の頃から林宏太郎としての父に触れる時間はほとんどなく、例えば一緒に出かけても有名人である両親は衆目の的となり中村扇雀としての顔が父自身の当たり前になっていたのです。そしてスターであり続けた父は自分の進むべき道一点を真っ直ぐ見つめて脇見はしない性格であったと思います。
そんな父の背中を役者の後輩として少し距離感を感じつつ見ていました。
手取り足取り何度も稽古をして教えるということはしないタイプの役者でした。役者になれという言葉も父の口からは聞いた記憶はありません。
祖父夫妻には役者になるんだよとよく言われていたような気がするのですが、父は子供のことは母に任せていたようです。
実家に稽古場があったのですが、父が稽古をしている姿は一度も見たことがなくまたそこでお稽古を付けてもらう事もありませんでした。それが当たり前のように育ったので大学を出て役者の道を再びと言いうか改めてスタートした時の私に、役者のイロハのようなことを説いたことはありませんでした。子供の頃に会話をする時間が普通の家庭よりも少なく、成人してからの息子と会話することに照れくささを感じていたのかも知れません。
兄と2人兄弟の私ですが、父と2人きりで食事に出かけたことなかったと思います。

舞台の上の父を見続けることが一番身近に感じる時だったかもしれません。もっとも愛したであろう「曽根崎心中」お初を舞台の袖で見ながらセリフを同じように言おうとしても呼吸法が解らず教えて貰おうとしても義太夫を勉強しなさいという教えでした。
身のこなしは日本舞踊を稽古しなさい。舞踊の先生に習った方が良いという考え方でした。
勿論その通りだと思いますし事実そうして私は歩んできました。

父は孤高の戦士のような側面を持っていたのではないでしょうか。目標を高い所に常に設定し自分を追い込んでいく、そんな強さを持ち努力は決して誰にも見せない。妥協をする事なく突き進む精神力を持っていました。


今日もコロナ禍の中、劇場に足を運んで下った多くのお客様を関係者一同細心の注意をはらう中お迎えし、静かに幕が上がっていきます。

全てのお客様に感謝すると共に父の名前のないまねきを見上げ自分の名前、子供の名前、兄の名前、おいの名前と視線を巡らせ改めてこの世に生を授けてくれた父に心から感謝をしそして父と同じ道を歩む幸せも感謝と言う言葉で締め括らせて下さい。

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「ご冥福をお祈りいたします」

2020年10月11日

尾上菊十郎さんが88歳でご逝去されました。
菊五郎劇団に属してらっしゃいましたが、ご一緒することも多く立師としてコクーン歌舞伎や平成中村座にも助言を数多くしてくださいました。
「昔はこうだったんですよ」と言いながら私たちの知らないことを気軽に話して下さり勉強になることが数多くあり、歌舞伎を後世に残すためには口伝でものを教えてもらうことが本当に大切なのだと痛感したものです。立ち回りのことを後輩にしっかり残してくださった功績は計り知れません。
感謝と共に心よりご冥福をお祈りいたします。

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「国立劇場初日」

2020年10月 5日

1月以来の国立劇場の初日が4日に開きました。
公演が出来る事は嬉しい限りです。

が、8月の歌舞伎座と同じように席は一つおきでそれぞれの座れない席には布が巻いてあります。そして大向うも禁止のまま。その分お客様はいつもに増して大きな拍手を送って下さいます。しかし、床に座っている太夫さんとお三味線の二人は黒い布で顔を覆ったまの不思議な出で立ちは変わらず。
「源太勘当」は場面が二つなのですかそれも一つに集約して転換で大道具さん達と近づかない演出に変更しての上演。
せめてマスクをしたままの大向うは許されないのかと心の中で訴えています。
口に出したら今は感染症の先生の指導に従っていますとの返事しか返ってきません。
感染症拡散は重大問題です。このまま永久に続くことは考えにくいですが、毎日渋谷を歩いている一都民としては、あの人が多く行き交う雑踏に引き換え、劇場内での束縛された世界から一刻も早く解放されたい。
座席に布が巻いていない客席を取り戻したい。お客様にもご不便を強いての上演は本当に心苦しい限りです。

そんな中、初役で腰元千鳥を努めています。
歌舞伎ではカットされていますが千鳥人柄の表現に"愛嬌あって可愛ゆらし"という一文がありますので、そこを目指してひたすら源太様を好きで努めてゆきます。
長い事舞台での女方の声を出していない上に、客席の扉が開放されているのは音が抜けていくので、その点に充分神経を使っています。
幸四郎さんの新作舞踊も大変楽しいようで、というのは稽古見られていないのです。
初日を客席から見た虎之介の伝言なのですが、相変わらず楽屋にしんぞくも入れません。
終演後に劇場外で聞きました。
自分の出ていない演目の時には、稽古場や劇場にいられません。
同じ演目に出ている役者同士も楽屋の行き来は禁止です。
平次役の幸四郎さんにはラインで芝居の修正箇所はやり取りしました。楽屋内で、、、
2部に出演の皆さんとはいまだにどなたも会ってません。
こんな事が起こるなんて想像もしませんでした。

何はともあれ国立劇場での歌舞伎が再開されました。
27日の千穐楽まで自分自身を含めクラスターが出ない事を願うばかりです。

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ご来場心からお待ちしています。

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