中村扇雀の公式ブログ

2013年9月記事一覧

「東京五輪おめでとう!」

2013年9月10日

久し振りに日本中が沸き私自身も感動したプレゼンテーションでした。
それまでに多くの方の水面下での活動があったことは想像できますが、それにしてもプレゼンテーションは素晴らしいの一言でした。
報道でその日本招致チームを指導した五輪招致請負人が紹介されましたが、やはり演出家の存在があったんですね。人々の心を掴むことは非常に難しいことですが、見ていて参考になることも沢山ありました。
目ヂカラや会話の間は演劇にも通じるものでした。
関係者の皆さん本当におめでとうございます。

そして2020年の五輪開会式や聖火ランナー
歌舞伎役者唯一のマラソン完走者としては是非参加してみたいですね。
やはり歌舞伎は日本の伝統芸能を代表する1つですしどこかで盛り上げる行事には是非参加したいですね。

それまでに一番大事なことは被災地の復興と原発問題の早期解決を政治家だけでなく国民全体の意識として強く持つことなのではないでしょうか。

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「シネマ歌舞伎『野田版 研辰の討たれ』と出会うティーチイン上映会&懇親会」」

2013年9月 6日

シネマ歌舞伎『野田版 研辰の討たれ』と出会うティーチイン上映会&懇親会」

このイベントに8月千穐楽の翌日25日参加してきました。
今やシネマ歌舞伎の知名度が上がり連日各地で大盛況のようです。

歌舞伎普及の上で各地方で見られることや廉価であることも重なり好評を博しています。

皆様もお近くの劇場へ是非足をお運び下さい。

イベントの模様です。↓

http://t2.pia.jp/piacard/shochiku/togitatsu/index.html


またシネマ歌舞伎の詳細はこちらをご覧下さい!

http://www.shochiku.co.jp/cinemakabuki/

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「12月京都顔見世興行の演目」

2013年9月 5日

先日年末の公演の演目が発表になりました。

http://www.kabuki-bito.jp/theaters/kyoto/2013/11/post_38-ProgramAndCast.html

襲名披露となる中車さんとの共演が叶い心から喜んでいます。
1月松竹座で一緒になりましたが中車さんとの共演が叶わず、照之さんと是非次回は一緒に演りたいですねと話していたので夢が叶いました。

「ぢいさんばあさん」は7月の「柳影澤螢火」に続いての宇野信夫作品です。
祖父の当たり役でもあった"るん"は以前から演りたい役の1つであったこと。
また、中車さんの歌舞伎出演を一番後押ししていたのが勘三郎のお兄さんであったことも含めて嬉しい限りです。

公演のお問い合わせや観劇ご希望の方は下記にご連絡下さい。

suzumenokai@senjaku.com

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「10月・11月の新しいチラシ」

2013年9月 5日

10月名古屋 日本特殊陶業市民会館

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11月国立劇場

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11月国立劇場にチラシにはまだ出でいませんが、長男の虎之介が"志津馬"の役で出演が決まり親子三代の共演となります。

このところ立役が続いていたので女形三題楽しみにしています。

公演のお問い合わせや観劇ご希望の方は下記にご連絡下さい。

suzumenokai@senjaku.com

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「「狐狸狐狸ばなし」の伊之助」

2013年9月 5日

今日5日は哲明(のりあき)さん(勘三郎さんの本名)の月命日です。
9ヶ月の月日が経ちました。

"伊之助"の話をしながらお兄さんを思い出したいと思います。
そもそもこの「狐狸狐狸ばなし」は初演は山田五十鈴さんの"おきわ"森繁久彌さんの"伊之助"先代勘三郎さんの"重善"三木のり平さんの"又市"で北條秀司さんの手によって昭和36年に書き下ろされた作品です。前記の役者さんにあて書きした作品ですので、その後上演する場合は作者の狙いを役者さんに被せつつ自分になりに人物を造形していかなくてはならない作品ではないでしょうか。原作は大阪梅田が設定されていますので、登場人物ほとんどが関西弁です。後日関東の役者さんが演じるために江戸みやげとして関東に設定を置き換えられました。
今回の私の"伊之助"は哲明さんの造形した伊之助がベースであることは間違いありません。又市を1度、おきわを2度演じていますのでお兄さんの"伊之助"は目に焼き付いています。

お兄さんが新派公演で南座で初演した時偶然見ていて北條先生の中にも面白い作品があるんだなと思っていましたが自分で演ることになるとは想像もしていませんでした。

この作品を歌舞伎でお兄さんが演られて2度目に大阪で上演が決まったのですが、又市役の染五郎さんが出演できないので、誰がいいかなと兄さんに相談された時に、「僕が演りますよ」といったのがこの作品に出るきっかけでした。

今回"伊之助"を作るにあたりまず衣装から入ることにしました。
その理由は、この役は決してお兄さんのコピーになってはいけない役ですので衣裳選びから根本的に自分の"伊之助"像を作ることにしました。見た目が変わるとお客様の印象も変わるのと、自分自身ゼロから造形出来ると考えたからです。
役の設定が上方の役者ということで以前のブログにも載せましたがまず上方和事を演じる時によく使う縞の着物を何枚が揃えてその中から自分のイメージした"伊之助"と色移り(自分の仁に合うかどうか)を考えて縞を2枚選びました。
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下2枚です。
実際の舞台ではこうなります。
2013年08月11日08時32分05秒.pdf031.jpg
2013年08月11日08時32分05秒.pdf045.jpg
そして、新規で1枚染てもらいました。
2013年08月11日08時32分05秒.pdf021.jpg
この衣装です。
アップで見ると
2013年08月11日08時32分05秒.pdf014.jpg

分かりづらいと思いますが小紋の柄が、私の替紋の"蝶花菱"になっています。
まずこの色が私の"伊之助"のイメージカラーであり暗闇に映える事も考え、そして柄には遊び心を入れたんです。

舞台写真ですので正確な色が出ていませんが、地色はもう少し明るい色です。

そして最初の出番の姉さんかぶりの手ぬぐいは"中村格子"の手ぬぐいを被っています。
勿論相手役の七之助さんが中村屋ということもありますが、お兄さんと一緒に舞台にいるというか敬意というか色々な気持ちの集合体のようなものです。

2013年08月11日08時32分05秒.pdf041.jpg

この役ではお兄さんも苦労していましたが、<大阪弁>が最大の難関です。
私の家の家系は上方役者ですが、何を隠そう私自身は東京生まれの東京育ちですのでこの"伊之助"は言葉の壁が最も苦労するところです。
しかし、今迄上方の役を多く勤め、義太夫を稽古し関西の友人も増えたことによってかなりその雰囲気は出せたと思っています。
丁寧に聞くと訛っている箇所は多々あると思っていますので今後の課題です。

衣裳も決まり役作りですが、やはりお兄さんの創りだした面白い部分はかなり盗まして頂きました。
おきわに嫌いになったと言われてのけぞるところはそのままです。フグにあたって死ぬところは新しく考えましたが鳴り物さんと息をわせることがポイントだったと思います。
幽霊の引込み「うらめしや」と入れました。お客様に幽霊となるべく思わしておきたかったからです。

2013年08月11日08時32分05秒.pdf002.jpg

その後の"おきわ"七之助さんと"又市"勘九郎さんとのやり取りは日を追うに連れ間とリズムが生まれ作者のイメージに少しは近づいたのかもしれません。

上方の和事の"伊左衛門・忠兵衛・治兵衛・徳兵衛"等を今までに勤めた経験がこの役にも生きたような気がします。

そして共演の皆さんが長年チームを組んでいる皆さんであったことも作品が4日間の稽古にも関わらずまとまった最大の要素だと思っています。

哲明さんがいらしたらまず演じる機会のなかった"伊之助"を勤めたことは正直複雑な心境です。嬉しくもあり、悔しくもあり、寂しくもあり、悲しくもあり、楽しくもあり。

しかし、今もなお見ていてくれると思うと力が湧いてくる気がするんです。

この作品は是非再演したいのと、一度原作どおりすべて上方での上演もしてみたいですね。

その時の重善は鶴瓶さんかも・・・?

写真提供:松竹


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「8月歌舞伎座「野崎村」・「髪結新三」」

2013年9月 2日

久し振りの"久松"でした。
前回は大阪松竹座での上演でお光が勘太郎(現韓九郎)さんで他のお染・久作は今回と同じメンバーです。
この"久松"という役は勤め先のお嬢さんに手を出し子供まで作りその上濡衣を着せられ里に返され、幼なじみのお光と祝言を上げることとなり、そこにはらませた染が来てどうにもならなくなり、訪ねてきたお染の母に助けてもらい帰っていくという情けないというか、ずっと辛抱している役である意味しどころ無いきつい役です。
上方和事の柔らかみを出すことに注意を置いたこと、そして"女房じゃもの"でお染が腹帯を触らせて妊娠を告げられすべてを決意する瞬間がキーポイントだと思います。
お光の役はまだ努めていませんが幕切れの泣きの演出は六代目菊五郎発案と伝わっていますが、このお光を一度勤めてみたいと思っています。
自分なりの工夫が出来るような気がしています。

2013年08月09日09時52分05秒.pdf000.jpg

お染と2人で死のうと覚悟を改めるところです。
2013年08月09日09時52分05秒.pdf006.jpgのサムネール画像

2013年08月09日09時52分05秒.pdf010.jpg

提供:松竹

「髪結新三」の"忠七"は初役です。
黙阿弥の作品は縁が少なくこの作品は"お熊"をかつて一度勤めたきりです。それも勘三郎の兄貴が初役で"新三"を勤め芝翫の叔父様に教えて頂き、その上演中に先代の勘三郎の伯父さんがなくなり、哲明(のりあき)さん(勘三郎兄さんの本名)と2人で終演後にお兄さんの自宅に戻った、記憶に残る作品です。
"忠七"も"久松"と同じくお主の娘とできてしまう役どころで何ともやりにくい役の1つです。
新三を勤める寿(ひさし)さん(三津五郎のお兄さんの本名)に台詞を時代で張るところや、鼻濁音について教えて頂き大変勉強になりました。
台詞を張るということは、台詞をリズムの中で伸ばして表現することです。また鼻濁音については癖でつい忘れがちになってしまいます。寿さんも山川静夫さんから近頃のアナウンサーも注意しないとダメなんですたしつこく言われたとおっしゃっていました。
死ぬ決意をして石を袂に入れる件は、かつて文七を勤めた時に哲明さんと見に来てくれた勝新太郎の叔父と3人で飲みに行った時、石ころを感情も大事だが、間で拾ってみろとおっしゃって目の前で勝叔父が演って見せてくれたのが今回の手本です。
2人共故人となってしまい、寂しい限りです。

新三の終わり方が中途半端なので中座で哲明さんが大岡越前と二役替り大岡裁きを付けたことがありましが成否は判りません。

忠七
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「新大阪駅の楽しみ」

2013年9月 2日

最近新大阪駅から東京に帰る時必ず寄るのが「くくる」です。
改札を入ると真っ直ぐたこ焼きの「くくる」に向かい生ビールとたこ焼きを購入しています。生ビールが車内に持ち込めるのも魅力の1つです。千穐楽終演後東京に移動する時、明日からの稽古の事を考えずにたこ焼きとビールてで1ヶ月の大阪公演の余韻に浸るひと時が大好きんなんです。

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