中村扇雀の公式ブログ

2016年7月記事一覧

「信州まつもと大歌舞伎!」

2016年7月18日

昨日、まつもと市民芸術館にて「四谷怪談」の千穐楽を迎えました。

6月コクーン歌舞伎から約一ヶ月半の47公演の大千穐楽でもあります。

恒例の華やかなカーテンコールで盛り上がり最高の終幕でした。
6年ぶりの松本でしたが、市民の皆さんの暖かい歓迎に心震えます。
松本城へのお練りで「お帰りなさい!」声で迎えられ夜食事に出掛けても昼街なかを歩いても、見に行きます、見ましたの声を掛けてくださり役者冥利に尽きます。
今回の「四谷怪談」は串田監督の演出が驚くことばかりでお客様も戸惑いを隠せなかったかもしれませんが、芝居自体はリアルを追求していきました。
新しい何かが生まれたことは間違い有りません。
受け入れて頂けたかどうかはお客様ご自身に委ねるとしてお岩様と与茂七の2役を自分なりに作れたと思っいます。
初役のお岩様でしたが、古典の演出でも挑戦したくなりました。
上方は髪すきが地唄の「黒髪」なのですが、女性の声で黒髪を唄って頂き髪すきをしてみたい気持ちも湧いてきました。
しかし、今回のバイオリンも僕は好きです!

いつもより短い松本公演であっという間の9日間でしたが、みなさんありがとうございました!

大好きな松本!
また帰ってきたいと願っています!

お練りの人力車の上から松本城を臨んで

IMG_3230.jpg

イベント後伊右衛門さんと

IMG_3231.jpg

この記事のURLコメント(10)トラックバック(0)

「ロングインタビュー」

2016年7月 9日

関容子さんの出された本に私のロングインタビューも掲載されています。

是非お読み下さい。

IMG_3219.jpg

講談社さんです。

この記事のURLコメント(4)トラックバック(0)

「期日前投票」

2016年7月 8日

明日から松本入りなので参議院議員選挙の期日前投票に行って来ました。
まず感じたのが政党の多さ。
ポスターを見て驚きました。自民党だったはずの人。無所属で出てる方も元はどこだったのかな。と思う事もありポスターからは名前とイメージ以外は肝心の政策が伝わってこない。小さいポスターでは伝えきれないとは思うけれどとにかくいつの間にこんなに政党が増えたのだろう。政党交付金をもらえるからか。大政党の中で主流派から外れ埋没しそうだから政党を作るのだろうか。それぞれの大義があるのだろう。政党なのだから。
そして、何故NHKしか政見放送をしないのだろうか。放送法なのだろうか。臨時ニュースのように全局一斉にできないのだろうか。それだけ重大なことのはずなのだが。
それに党首討論の少なさ。新聞以外に何も伝わってこない。以前は家の周りをひっきりなしに選挙カーが周り名前の連呼をしていた。それすらも来ない。
選挙という国を作る根幹に関わることが私達にあまり響いてこない。

休暇でハワイに行く時にたまたま現地の選挙の時と重なると街中に選挙の空気が充満しているかのように感じることがある。

今回投票率は低いだろう。そんな気がする。6年前に当選した方はどんな実績を残してくれたのだろう。
政治に感心が持てないのは、命がけで私達の税金を使っている意識の人がどれだけ居るのだろうかという疑問からだろう。政治家は激務だと思う。身内にいたのでよく分かる。
しかし、それがちゃんと私達に伝わりにくいのも事実なのではないか。
以前から国会議員のバッチをなくしたらと思っている。法律で付けるとが定められている。法律を変えなければバッチは消えない。しかし魔法のようなものでつけた途端に千人力になった気持ちになるものなのだろう。権力とはそういうものだ。
バッチ、バッジどっちだろう。どっちでもいいか。

昨今政治家の方の伝わってくることはお金のことや失言のことや政策とかけ離れたことがマスコミからの情報として多く入ってくるのが当たり前になってきている。聖人君子はいないだろう。法律に反していないから良いという考え方も理解する人はいるいかもしれない。
皆さん自分だったらそんなことはしないよ。という考えが良し悪しの基準なのだろう。

田中角栄が逮捕された時は衝撃だった。何故そうなったのだろう。悪と理解しながら罪悪感がなかったのだろうか。本人しかわからないことだ。

私は会社を自分で作り登記して納税も自分で殆んど目を通し、今日も期日前投票の後に労働保険の申告に行きいつもやっている義務を果たして来た。
歌舞伎役者がやることではないのかもしれないが、私の性に合っているのだと思う。
その後ジムに行き、8月の歌舞伎座の共同通信のインタビューを文化村のシアターコクーンの横、カフェドマーゴで受ける。つい先週まで四谷怪談を上演していた小屋が今日は静まりかえっている。不思議な光景だ。舞台はまさに夢なんだなとぼぉと感じる。
インタビューの中で亡くなった勘三郎のお兄さんが先代17代目の伯父さん、即ちお父上が亡くなってから役者としての命がけの戦いが始まったのだと思う。とお話した。その日同じ舞台に立ち、同じ車で小日向のご自宅に向かったので決して忘れることのできない1日だった。勘九郎さん・七之助さん2人の兄弟もまたしかりだと思う。お父様が亡くなってから同じように命がけの役者の戦いが始まったのではないだろうか。自力で生きていく戦いが。そしてそれは何よりも自分の為だがやはり全てはお客様の為なのだ。勘三郎のお兄さんの精神である。

政治家の方も納税者である私達の為に命がけで戦って欲しい。
都知事選で崖から飛び降りるつもりで臨むと公言された小池さんは命がけなのだろう。
周りの顔色を見てかつて東京を敵視した元お役人の方を人形のように担ぎ出し、担がれる方も担ぐ方も命がけにはとても見えない。

選挙に対する感心がわかないのは選挙に登場する方たちの魂が伝わるかどうかではないのだろうか。小学生に説明するような政見放送よりもっとドラマチックに訴えてほしいものだ。あの放送が投票行動の判断材料になっているとは考えにくい。しかし数少ない判断材料の一つであることがまた恨めしい。

恨めしいといえば明日から松本でお岩様を務めてきます。

コクーン千穐楽から一週間強の休みを経て体重もキープのまま戦闘モードに戻ります。

最近は歌舞伎以外のことをあまり書いていませんでしたが、とりとめのない雑感を、、、

IMG_3222.jpg

虎之介が18歳で選挙権を得たので明後日行くでしょう。
初選挙に。どんな気持ちなのだろう、、、

この記事のURLコメント(2)トラックバック(0)

「きずな展」

2016年7月 1日

四国の金丸座でも舞台扮装のまま熊本震災の義援金募金をやらせていただきましたが、今回はクリエーターの方々が集結してチャリティー販売で義援金を募ります。

私は「紅葉狩」隈取を作品として出品致しました。

お時間ございましたら皆様のご協力をお願い致します。

7/1〜7/10
会場:トッパン・フォームズビル(汐留)1階オーブンスベース

きずな展表紙.pdf
きずな展裏面.pdf

この記事のURLコメント(0)トラックバック(0)

「コクーン歌舞伎舞台」

2016年7月 1日

舞台写真です。
ご覧下さった方は思い出して下さい。

佐藤与茂七とお岩様2役です。
初めてのコクーン歌舞伎をご覧になった方また歌舞伎を今回初めての方は最後まで私が2役演っていたことがおわかりにならなかった方がいらっしゃるようなので確認いただけたらと思います。(笑)

_COV9345.jpg
_COV9370.jpg
_COV9481.jpg
_COV9516.jpg
_COV9544.jpg
_COV9609.jpg
_COV9621.jpg
_COV9651.jpg
_COV9664.jpg
_COV9727.jpg
_COV9783.jpg
_COV9789.jpg
_COV9798.jpg
_COV9807.jpg
_COV9845.jpg
_COV9855.jpg
_COV9937.jpg
_COV9946.jpg

_COV9956.jpgのサムネール画像
_COV9989.jpg
_COV9999.jpg

_COV0025.jpg
_COV0078.jpg
_COV0117.jpg
_COV0125.jpg

撮影:小林正明

この記事のURLコメント(16)トラックバック(0)

「コクーン歌舞伎千穐楽」

2016年7月 1日

一昨日コクーン歌舞伎第15弾
「四谷怪談」が千穐楽を迎えました。
連日多くのお客様がご来場下さり心から御礼申し上げます。

ポスターの写真の様に舞台上にサラリーマンが登場したり現代人の姿の役者が芝居に加わったり、またトランペット・サックス・アコーディオン・バイオリンそしてホーメイといった歌舞伎では普段使わない楽器がライブで使用され、演奏者も現代の衣裳で舞台上に登場するなどかなり斬新でかつ3時間で四谷怪談を上演しきるスピード感と、今迄の四谷怪談では考えられない演出となりました。

勘三郎のお兄さんが亡き後もコクーン歌舞伎は引き継がれていましたが、没後初めての出演となった私はお兄さんの存在の大きさを改めて感じる公演でした。
演出の串田監督(私達は監督と呼んでいます)と話し合いを進め従来の演出を一度忘れてから臨む方針で稽古を進めてきました。
以前の四谷怪談をご存知の方には斬新にそして初めての方には新鮮に目に写って下さればいいなと思ってました。

賛否は必ずあると思います。

これも一つの表現方法として受けとめて頂きたいと思います。

獅童さん勘九郎さん七之助さんと一世代二世代も違う役者さんと一緒に務めるのはこちらも引っ張られている気が致しました。

勘九郎さん七之助さんの祖父である17代目の勘三郎さんがお亡くなりになった時に、その後18代目となる当時の勘九郎さんと同じ舞台に立っていた私は、舞台終演後お兄さんと同じ車で国立劇場からご自宅に向かいました。
涙一滴出さず気丈に振舞っていたお兄さんはその時から役者としての戦いが始まったのだと思っています。
そして3年半前に18代目の勘三郎のお兄さん亡くなった時から残された勘九郎さん七之助さんの2人の兄弟の役者としての戦いが始まったのだと思います。それは今回共演した獅童さんそして私はじめお兄さんに関わってきたすべての人の戦いの始まりでもあったのでしょう。

今回のコクーン歌舞伎もその表現の一つでした。
この先お兄さんが残していった魂や形を皆で引き継ぎ発展させ次の世代に残せたらなと願っていますのでこれからも宜しくお願い致します。

改めて多くの皆様ご来場誠にありがとうございました。

この記事のURLコメント(6)トラックバック(0)