「12月5日」
2015年12月 5日
哲明さん(勘三郎さん)が亡くなってもう3年が経ちました。
早かったのか長かったのかあっと言う間のような気がします。
今日は先代の中村屋の伯父さんとの連獅子の隈取の前に哲明さん写真を置いて偲びます。
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ご命日の昨日
南座の昼の部を拝見しておりました
丁度3年前の南座は
勘九郎さんの襲名披露公演
中村座が終わり
天国に帰られる前に
南座に寄っておられるかなって…思いました
もう3年・・・あっという間ですね
勘三郎さんがいない歌舞伎は~
寂しいです・・・
たまねぎさん
時間が過ぎるのは早いですね。記憶を辿るとどんどん膨らんでいきます!
本当に時が経つのは早いですね。
勘三郎さんが亡くなった日は自分の誕生日が過ぎてすぐだったので、色んな思いと共に忘れられない日になりました。
め組さん
いつでも思い出して下さい。
水仙の香りが届くように・・・
素敵な乾杯シーンでほっこりします
『嬉しいよねー』なんて聞こえてきそうです
先日の西の丸でのお役は可愛くも可笑しく
なかなか楽しませていただきました
そして9日 昼の部を拝見
扇雀さんの重厚な佇まい言葉運び
内蔵助のイメージぴったりで
とても感動しました
家族との別れがつらいのは・・・のセリフ
ぽろぽろと涙がこぼれました
日に日に冷え込みますがご自愛のうえ
ますますご活躍くださいませ
2012.12.7南座夜の部を拝見したので、勘三郎丈ご逝去は今でもよく覚えています。
歌舞伎を初めて見たのが1990年1月の浅草歌舞伎で、当時の勘九郎丈が元気で輝いていました。扇雀さんは逢州役を務めていらっしゃったと記憶しています。
今は勘九郎・七之助さんを応援しています。8月納涼歌舞伎にも行きました。
鴈治郎襲名公演も大詰めに近いですね。これから、ますます寒くなりますので、皆様お体に気を付けてくださいね。
alohaさん
ありがとうございます。内蔵助は大好きな役の一つになりました。
morisuさん
コメントありがとうございます。確かに逢州を務めていました。懐かしいです。2人の兄弟も立派に成長しています。嬉しい限りです。これからも宜しくお願いいたします。
12月5日十八世中村勘三郎さんが亡くなられて三年と言う年月ながれたんですね。私が歌舞伎に興味をもたせてくれたのが中村勘三郎さんです。残念な事に勘三郎さんがご健在の時に歌舞伎を観る機会がなく、今の歌舞伎座のこけら落とし興行千穐楽昼の部のチケットが手に入り演目『お祭り』を拝見しました。その時勘九郎さんが七緒八君の手をひいて出てきた時勘三郎さんの事を思い出泣いてしまいました。
今でも勘三郎さんがどこかで見守ってくれてる様な気がします
Namieさん
そうですね。見守っていると思います。そして皆さんの心の中で生き続けています。約25年ほどの共演生活でしたので私も思い出すことが多すぎるんです。
「碁盤太平記」
駕籠から出られて、よろけて肘をつかれた内蔵助に
初代鴈治郎さんだ!!と一瞬にして、
以前、扇雀さんのブログでご紹介下さったお写真が頭に浮かびました。
放蕩を続ける内蔵助の
苦しいまでの心とは裏腹の言葉と行いに、堪らなくなりました。
3階から拝見しておりましたので、吉良邸の間取り図が
台詞に忠実に石を置かれていて、分かりやすかったです
。
また友人が、碁石をしまわれる際、碁を嗜まれる手際だと絶賛しておりました。
昨年の「藤十郎の恋」に引き続いて、
心とは真逆の気持ちを表現するお役に、拝見しているだけですが
とても力が入りました。
扇雀さんの立役も最高です!!