中村扇雀の公式ブログ

「ご冥福をお祈りします」

2011年1月 5日

一昨日の晩に訃報は届きました。橋之助さんからの一本の携帯電話で天王寺屋のお兄さんが亡くなられた事を知らされました。
歌舞伎の世界では先輩の事をお兄さんあるいは伯父さんという言葉を使ってお呼びします。だいたいの基準は自分の父親と年齢が上か下かで伯父さんとお兄さんを分けているのですが、天王寺屋のお兄さんは父より二歳年上ですので、慣例からすると天王寺屋の伯父さんとお呼びするのですが、以前より「僕は伯父さんなんかじゃないよ、浩(ヒロ)ちゃん[私の本名浩太郎(ひろたろう)のことです]お兄さんとよんでよ!」とおっしゃり、大先輩でありながら、いつもお兄さんと呼ばせて頂いていました。
私の家は歌舞伎界に親戚の少ない家ですが、天王寺屋の兄さんとはご縁があり、お父様にあたる故四代目富十郎さんに祖父故二代目鴈治郎の妹で女優の故中村芳子が嫁ぎ、その孫にあたるのが、浅草歌舞伎に出演中の中村亀鶴です。また、お兄さんの亡くなられた弟さんの娘が私の兄の翫雀夫人である舞踊家の吾妻徳彌てす。
舞踊の名手でいらしたお兄さんは「地方(じかた)がだめだったらどうにもならないよ。踊り手は二か三で後は地方だよ。」と独特の高音でおっしゃっていらしたのをよく覚えています。三番叟の千歳に出さして頂いた時、中啓(ちゅうけい)を途中で落としてしまい、すぐに拾って踊り続けると、終演後に絶対自分で拾ってはいけない。その為に後見がいるのだからと教えて頂きました。又旅行が大好きお兄さんとイタリア公演に一ヶ月ご一緒させて頂いたのもすばらしい思い出です。健啖家でいらしたお兄さん食事のお話、外国のお話
そして歌舞伎のお話。数々のことが蘇ってきます。いつも「君ねー」とおっしゃってからお話が始まるのですが、大きなお声が二度とお聞きできないと思うと悲しみがこみ上げてきます。
訃報の翌日、父の楽屋に挨拶に行くと「まあね・・」と一言つぶやいた姿が扇鶴時代からともに歌舞伎を支えてきた友人の訃報をじっと受け止めている姿に人生の深みを感じ取りました。
後輩達に素晴らしい藝を伝えて下さったお兄さんに感謝申し上げるとともに、心からご冥福をお祈り申し上げます。

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コメント

富十郎さんの訃報、びっくりしました。膝に注射を打ちながらの気迫を感じた一昨年の密着番組(弁慶)や俳優祭での鷹之資君と模擬店でのやりとりのやさしい笑顔が忘れられません、小さい子供さんをおいてさぞ気がかりでしょうね。ご冥福をお祈りいたします。

天王寺屋さんの訃報には本当に驚きました。昨年11月、新橋演舞場での舞台を拝見し、「お元気になられて良かった」と思っていただけに、とても残念です。扇鶴時代はもとより、武智歌舞伎を通じたご活躍など、お父上様のお悲しみはいかばかりかとお察し申し上げます。楽屋でのご様子、ブログでお教えくださり、まことにありがとうございました。

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